私の好きな男3 ヨハネス・ブラームス【ミュージシャン編】

【ミュージシャン編】があるということは今後【俳優編】や【文化人編】があるということか!?

それは私にもまだ謎です。。。

 

 

本日の好きな男はもうご存命ではない方。

118年も前にお亡くなりになったミュージシャン。

というより、作曲家。

 

ドイツの作曲家、ヨハネス・ブラームス。

 

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恥ずかしながら初めてきちんとブラームスのシンフォニーを聴いたのはまだ音大生だった頃。

「なんて厚みあのあるハーモニーを書く人なんだ!」と 驚嘆した。

 

それまで私が聴いていた(好みだった)クラシック音楽は、

フルートとピアノ、ピアノソロ、ヴァイオリンのソロ、バロック音楽、古典(モーツァルトなど)という、

音がそんなに多くない音楽を好んで聴いていた。

シンフォニー(交響曲)はせいぜいチャイコフスキー止まりだった
(チャイコフスキーのシンフォニー、バレエ音楽は今でも大好き)。

 

ではチャイコフスキーにはなくてブラームスに感じる音の厚みとは何か?

 

和音に厚みがあるんです。

 

例えばコードネームのC(ドミソ)。

コード(ハーモニー)というものは、ド・ミ・ソと使うか、ミ・ソ・ドと使うか、

はたまたソ・ド・ミと使うか(使うというのは音を積み上げるということ)で、

意味合いも違ってくるし、音の持つ響きもまったく異なる。

 

すごーく簡単に言うと(ほんまに安易な解説ですが)、ブラームスはこのCという一つのコードを、

ド・ミ・ソと使わず、

「ド・ミ・ソ・ド・ミ」というふうに1つのコードの響きに、ドとミを重複させるという、
手法をた〜くさん用いています。

 

こうやって書くと「な〜んや、めっちゃ簡単なことやん。」と思われるでしょうが

(いや、私の解説が稚拙なせいもあるが・・)、

これをシンフォニーの中で様々な楽器を使って且つ、メロディーラインとバスの動きを調和させ、

重厚な音を響かせることは難しいのであります。

私はこのブラームスの品のいい重厚な音を、

「ブラームス和音」と勝手に(ほんまに主観的に)呼んでおります。

 

一応私もフルートのオリジナル曲を書いたりと、作曲家の端くれなので、
偉人たちの楽譜を見て研究しています。
ま、足元にも及びませんけどね(でも少しでも近づきたくて)。

 

彼は生涯、決まった伴侶を持ちませんでした。

若い頃はとても好奇心旺盛でソフトな美男子だったらしく(写真にもあるように)、

しかし歳を重ねるごとにドンドン頑固に厳格になっていき・・女遊びも度々。

 

でも私、思うんですが、

「芸術家の遊びは芸の肥やし」だと思う。

その都度、向き合っている作品に必要な力を与えてくれるミューズという存在があっていいと思う。

一人に決める必要はない、ような気がする・・・。

むしろ、「一人のものにならないで〜!」とさえ思う。

勿論!

その人に神がかり的な才能があってのことですが・・。

それが許されてしまう魅力や自分への抱擁がないとうまくいかないだろうけど。

然し乍ら、そんな才能溢れる自由な反モラリスト的な人とおつきあいしようと思ったら、

こちらもそれなりの器がないと無理ですね・・・。

 

 

生活の匂いがしない人が好きです。

一人の「人」として、

「あなたの内面」と「あなたの才能」に興味があります。

あなたの後ろに興味はない。

これは「好きな男の条件」というより男女問わず、そういう人に私は惹かれます。

 

そういう意味で、ブラームス、いいね。

 

しかし彼にも生涯愛し続けた女性がいて、それは誰かというと!?

こちらもドイツの作曲家、ロベルト・シューマンの妻、「クララ・シューマン」です。

 

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クララは当時有名で優秀なピアニストでありました。
(ブラームスのピアノ協奏曲第1番の初演はクララが演奏しました。)

それこそブラームスがまだ青年の頃に出会い、

そこからズーーット、クララを女神のように愛しました。

二人の間に肉体関係があったかどうかは諸説ありますが、そんなことはどうでもいい。

一人の人を愛し続けられる情熱が素晴らしい。

 

一人の異性(同性でも)を生涯愛し、貫ける。

 

それも立派な「才能」だと思います。

 

あぁーブラームス、やっぱりえぇ男はんや 😀