秋風を感じる=作曲の季節

日が短くなってきましたね。

夕方に吹く風になんとなく秋を感じるようになりました。

でも暑い!!

日中暑いことには変わりない!!

日が短くなり始めると、心細くなります。

でも四季折々を感じることは感性を豊かにします。

毎年、秋風を感じられるようになると作曲がしたくなります。

感傷的になるからかな?

別に何か甘酸っぱい思い出があるわけではないのですが。

今年はまだ1曲もオリジナル曲を作曲していません。

(編曲はしてますよ)

こんな年は初めてかも。

なんか、こう、ざわざわするんですよね。

胸騒ぎとは違うざわざわ感。

コロナのせいか異常気象のせいか、はたまた全然違う何かか。

コロナ記事でまた興味深いものを読みました。

 

 新型コロナは結局、本当に「恐ろしいウイルス」なのか…日本人の反応は正しいか

>年間の死亡者数では結核の2306人、インフルエンザの2569人、感染性胃腸炎の2320人(2017年、厚生労働省「人口動態調査」より)とほぼ同等程度となる。インフルエンザや胃腸炎で自粛を考える日本人など皆無だろう。

そうなんだよね。

インフルエンザで毎年数千人の方がお亡くなりになっているんですよね・・。そう考えると、今年の自粛ムードではインフルエンザの罹患者も減りそうで、結局は怪我の功名は気がします。

 

 現役医師「恐怖を煽るテレビを消して、私たちは外に出よう」

メディアの罪は深いと思います。不安を煽りすぎ。コロナ罹患以外で苦しんでいる人は沢山います。だって以上に経済が停滞している、そして人は人を監視し、違う行動に出る人を必要以上に攻撃し、排除しようとする。こういう時こそ、国民は思いやりや優しさを忘れるべきではないと思う。

 

「コロナで死なない」は人生の目的ではない 和田秀樹さんが語る「新しい生活様式」への違和感

>大切な人を守るため、感染拡大を防ぐためといわれれば致し方ない気もするが、実は私たちは失っているものも大きいのではないか。精神科医の和田秀樹さんは問題を提起する。

「人間の心がまったく無視されています」

これね。人との関係性がどんどん軽薄になっていってますね。知人にも避けられるような態度を取られて少なからずがっかりしたこともあります(多分知人は、自分が移す可能性(リスク)があると思っている上での態度だったのでしょうが)。

でも私の最大の懸念は、

>映画、音楽など芸術分野は、自粛要請が続き縮小傾向にある。不安から映画館や劇場に足を運ぶ人は減り、入場人員にも制限がかかる。新しい生活様式が1年、2年と続けば、それが普通になる恐れもある。

たとえ新型コロナのワクチンや特効薬が出来ても、主にメディアから刷り込まれた、「人は少なからずウイルスを撒き散らす」という観念からもう抜け出せないような気がします。でも人って常に何かしらのウイルスと共存して生きてきたわけですし、無菌状態は逆に怖い。

 

あっ、そっか。

こういうことを考えだすとざわざわするのか。

私たちは生活の中で

落胆したり、

気が滅入ったり、

打ちのめされることの繰り返しで

心がひどく消耗しているのかもしれない。

だから作曲する気も失せるのか。

哀しい・・・。

いやいや、いけない。

そんな時だからこそ、

音楽の力を信じて制作したいなぁ。

音楽は楽しい✨

はず!!